私の職歴シリーズ~新卒から新聞販売店編前編~

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ブログのネタを考えているとふと「自分の職歴って結構特殊だからブログに書いたら結構受けるのでは?」ということを考えつきました。

もともとこのブログは、私が突然亡くなった時に私の経験してきたことや普段何を考えてたのかが闇に葬られるのは、あまりにももったいなく思い遺書代わりにそれらを記録しておこう、ひいては私の公式サイトを作って自分の世界を広げたいという考えから始まっています。

そういうわけでいきなりですが「私の職歴シリーズ」をブログで掲載していきたいと思います。

読んで下さる方の参考になるところがあるかないか分かりませんが、まあ面白がってくれたら幸いです。

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新卒で新聞屋に就職!?どこで道を間違えたんだか

私は大学卒業後、新聞販売店を経営する会社に入社しました。

大卒で新聞屋?と思われる方はたくさんおられるでしょう。

当たり前ですが、私自身自ら望んで大卒で新聞販売店の就職を選んだわけではありません。

単純に内定がまったくとれなかったからです。

私が就職活動をしていた時は、リーマンショックの嵐が吹きすさびこれから日本はどうなっていくんだっていう不景気真っ盛りの時期でした。

早々と内定を取り、後は卒業するだけというときに内定取り消しされる学生があふれたときです。

そんな時代であったことに加え、もともと私は心の底から「サラリーマンになりたくねえなあ」と考えており、まともに就職活動をしていませんでした。

当時の就活からあった自己PRだのエントリーシートだのSPIだのが心の底からクソだと思っていて全く力を入れていませんでした。

だって考えてもみて下さい。

20年ちょっと生きてきたにすぎない人間が自分の一生関わる仕事を決めたり、自分の取り柄を明確に理解している方がおかしくないですか。

またそのころから漠然と独立して仕事したいなと考えており、サラリーマンは全く向いてないだろうなと自分で思っていたのです。まあその通りの現実になりました。

ただ、当時からもともと鉄道が好きだったので、鉄道会社ならサラリーマンやってもいいかなと考えていました。

しかし、鉄道会社は全滅。しばらく何のやる気もなく就職活動をだらだらと続けたのですがまったく内定が取れなかったのです。

そして、卒業する年の3月にようやく内定がとれたのが、先ほど書いた新聞屋だったのです。

初めての仕事は先輩社員と客のケンカの仲裁

見出しの通り、現場配属後初めての仕事は客と先輩社員のケンカの仲裁でした。

入社して3日間の新人研修を受けた後、私は大阪の某地域の新聞販売店に1つ年下の同期と共に配属となりました。

事件は配属初日から起きました。

私ともう一人の同期の2人で現場の仕事の説明等を聞いている最中に3人組の客(男2人で女一人で中国人っぽい感じの連中)が入ってきて

「新聞取ったら映画の券くれるゆうたやんけ!映画の券くれへんねやったら新聞なんかいらんねん!」

と怒鳴り散らしたのです(新聞屋特有のオマケの話です)。

しばらく映画の券もらえるもらえない云々で中国人3人組が怒鳴り散らすなか、所長(新聞販売店の店長はなぜか所長と呼ぶ)がなんとか怒りをおさめようと対応していました。

そんな中、中国人3人組の言い分に堪忍袋の緒が切れたのか、先輩社員が「てめえ新聞を何やと思とんねん!」と3人組に殴りかかったのです。

大学卒業して就職した会社での初めての仕事が、客と先輩社員のケンカの仲裁なんて私以外ないでしょう。少なくとも周囲で聞いたことがありません。

結局必死で掴み合いのケンカになりそうなところの間に入ってケンカをおさめ「二度と新聞なんか取るかボケ!」という捨て台詞を残して中国人3人組は去っていきました。

そんなわけで波乱万丈の新聞屋の社員生活は始まったのです。

最初の就職までのエピソードで、思ったよりも長くなってしまったのでまた次回に続きます。

私の職歴シリーズ~新卒から新聞販売店編後編~に続く。