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「将来どうするの」という質問ほど無意味かつ人を不快にさせる質問はないのでは?

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「将来どうするの」っていう質問を大人たちはよくする。

たいていおじさんおばさん世代、基本的に親世代が子どもとか若者に対して言う言葉だが、よく考えるとこれほど無意味で単に人を不快にさせるだけの言葉ってないのではないだろうか?

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本人が絶不調の時に限って投げかけられるクソ質問

「将来どうするの?」という言葉は言われた本人が例えば仕事もプライベートも絶好調な時にはまず言われない。たいてい仕事やプライベートが行き詰っていたり、あるいは努力しているのにそれが報われない時などに追い打ちをかけるような形で言われる。

この言葉を言うほうは本人のためを思ってと言った感じだろうが、言われる側としては「こっちとしては必死に努力していて結果が出なくてただでさえ苦しいのに何で追い詰めることをいうのか」という気持ちになる。

実際、これまでに私がこういった言葉を言われたときはすべて物事が行き詰まっていたり、日々の努力が全然報われず苦しい日々を過ごしているときだった。

例えば、ブラック企業を辞めて転職活動をしているとき、あるいは大学時代毎日応募書類を書きまくり、面接やら説明会に行っていてもまるで内定が取れなかったとき、せっかく就職した会社がことごとくブラックで薄給だったときなどなど。

人が苦しんでいるときに限って追い打ちをかけるように言われる「将来どうするの?」は、本当に本人のことを思っているのなら絶対に口にしてはならない。

そんなことを言われたところですぐに状況が改善するわけはない。

「将来どうするの?」という質問にあなたは明確な誰もが納得する答えを用意できるのか?

大体「将来どうするの?」なんて質問、よく考えたらこれほどバカげた質問はないのではないか?

高度経済成長期みたく公務員や大企業に就職すれば一生安泰なんて時代はとうに終わっているのにだ。

誰もが将来どうなるか、何をしているのかなんて明確に想像できない時代なのである。じゃあ「将来どうするの?」なんて質問をしている当人は、自分の将来のビジョンを明確にえがいているとでも言うのだろうか?この質問にハッキリと答えを用意できるのだろうか?

おそらくできないはずである。自分でも答えられない質問を現在進行形で苦しんでいる人間にするなという話だ。

将来どうするか?そんなもの自分が聞きたいわというのが最もベターな答えだろう。

人の心配してられるほどあなたに余裕があるのか

そもそも「将来どうするの?」なんて人の心配をしてられるほど余裕があるのかって話である。

これだけ変化の激しい時代において現在も将来もなんの心配もなく安泰ですなんて人がどれだけいるのだろうか?

自分の将来も明確に見通せているわけでもないのに他人の将来について聞くなんて愚の骨頂である。

結論:「将来どうするの?」という質問は明確な答えもないし言われた人間を苦しめるだけのクソ質問、だから今すぐやめろ。

結論としてはこうである。

「誰も自分の将来とかどうなるかなんて明確に答えられないし、言われるほうは不快に思う質問だから今すぐやめろ」だ。

絶不調だったり、努力が報われない時期に追い打ちをかけるだけの言葉であることを自覚すべきだろう。