他人に変わることを期待するのは無駄以外の何ものでもない

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先日、友人から会社の上司の愚痴をあれこれ聞かされた。

聞いた内容はプライバシーにかかわるのでここで書くことはしないが、聞いていて私もそれはしんどいな、と思うような内容であったし友人の言うことに一理あるなと感じた。

しかし、一方で友人がその会社の上司が変わることを期待しているところが感じられたのが気になった。

なんとかして上司の性格を変えたい、仕事に対する姿勢を変えたいと思っているのだろう。ムダな努力だからやめとけと思う。

人間なんて生まれたときから基本的な性格は変わらないし、そんなものを期待するのがおかしいと私は思っている。

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人が変わったように見えるのは単に今まで表に出ていなかった面がでてきているだけ

よく「あの人は以前は粗暴な人だったけど、今は優しくて人当りが良くなった」といったように他人の性格なんかが変化したと思っている人がいる。

その人がやっている仕事や置かれている環境なんかで人間の性格が簡単に変わると思っているのだろう。

どこで勉強したか忘れたが、人間の性格や才能には4つの面があるらしい。

1.自分も他人も知っている面

2.自分だけが知っていて他人は知らない面

3.自分は知らないけど他人は知っている面

4.自分も他人も知らない面

つまり何が言いたいかというと人は生まれながらの性格や才能が変わるわけではなく、単に2や4の他人が把握していない面がその人の置かれた環境などによって表に出てきているだけだということだ。

例えば昔は粗暴な人だったけど、今は優しい人になったという変化の場合本当に性格が真反対に変わったのではなく、粗暴な性格にプラスして優しい性格が他人にも認識される程度まで表に出てくるようになっただけなのである。

それを性格が変わったかのように他人が認識しているだけである。この場合粗暴な性格は決して消えているわけではなくまた何かしらのタイミングで表に出てくる可能性は十分ある。

今まで他人に認識されていなかった性格や才能といったようなものが、表に出てきただけで「あの人は性格が良くなった」とか「人が変わった」のではない。

例えば、今までお金に苦労していた人がお金を持った途端に人が変わったとしても、それはお金を持つことで性格が変わったのではなくもともとお金を持ったら性格が変わるような素質を持っていたと考えるほうが正しい。お金大好き!お金サイコー!な面がお金を持っていなかったときには表に出ていなかっただけだ。

人に変わることを期待するだけムダ

つまり人が変わるなんてことはなくて、単に今まで表に出ていなかった面が他人に認識されるようになっただけなのでそれで人は変わることができるとか思うのは間違いだということだ。

ということは他人にあれこれ言ったり行動させたりして、変わることを期待するなんて無駄以外の何物でもない。

よくネットで炎上するブロガーなんかにあれこれ意見をネット上から放り投げている人がいるが、どれだけ意見を当人に投げたところでそういった外部の力でそのブロガーの性格なり、考え方なりが変わることはまずあり得ない。

どうしても意見が合わないならば、どちらかが一方から物理的に離れるくらいしか解決策はない。お互いに人間的に変わることを期待してあれこれ言ったり行動したところで何も変わらないし、そんなところにエネルギーを使うくらいならもっと自分に合う人との出会いを模索したほうがいいんじゃないだろうか。