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世の中にはしても無駄な苦労があるって話

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世の中にはしても無駄な苦労があるという話です。

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過労死ラインを超えて働いても大卒初任給程度だったサラリーマン時代

私がサラリーマン時代を今振り返ってみて思うのは、無駄な苦労や努力があまりにも多すぎたなということです。

朝の9時から23時くらいまで毎日働いて週休一日あるかないかのブラック企業で働いていた時は、自分はこれだけ努力や苦労を重ねているんだからいつかそれが報われるだろうと純粋に信じていました。

しかし、それだけ働いていても月収は大卒初任給程度。しかも短期間で長時間働き過ぎて体を壊し結果として退職する羽目になりました。

つまり私にとってはこのブラック企業で努力したことや苦労したことは無駄だったわけです。

ましてや仮に体を壊さずに働き続けていたとしても大卒の初任給程度の給料ですから年収は300万円以下。退職金もボーナスもなかったので今考えるとなんで見返りが全然ないのに体を壊すほど働いていたのか不思議なくらいです。

考えて努力や苦労しないと報われない

上記のことを踏まえて無駄な努力や苦労をしてしまった原因を私なりに考えてみました。

その結果「考えて努力や苦労をしていなかったから」ということが思い浮かびました。

つまりこの努力や苦労を経験すると後々どんなメリットがあるのか、今やっていることにどんな意味があるのか考えずに上から言われたとおりに安月給で長時間働いていたから結果として無駄な努力、苦労をしてしまったわけです。

ちょっと考えればボーナスはおろか退職金もない会社に入ってしまった時点で、定年まで働き続けることはまず無理なわけです。

ましてや一日14時間以上の長時間労働を何年も続けられるはずもありません。遅かれ早かれ体を壊して会社を辞める羽目になっていたことでしょう。

しかもこれだけ働いていても会社や上司は「もっと長時間働け。それくらいで死にはしない」と言ってきましたからね。バカかと思いますが。

いずれにせよ報われない努力や苦労だったわけです。

意外と考えずに努力や苦労をしている人多いのでは?

ここで言いたいのは私のように大して考えずに今やっている努力であったり、苦労がなんの根拠もなく報われると思っている人って結構多いのではないかということです。

日本においてはなんであれ長時間頑張っている(ように見える)人は当然報われるべきだという考えが根強く残っています。

本来ならいくら長時間努力したところで成果が出なければそれは無駄な努力なのですが、長時間仕事なり勉強なりものごとに取り組むことそれ自体が良いという風潮ですね。

この風潮が残っているがゆえに2017年になっても長時間労働や過労死の問題は全く解決されていないわけです。

長時間頑張る人よりも、成果を出す人を評価する風潮になれば長時間労働の問題は解決するはずなんですがそれを拒む人が一定数いるのでなかなか進みません。

なぜなら残業すること前提で仕事をして大して成果を上げずに残業代を稼ぐ人たちがいるからです。彼らにとっては長時間「とりあえず仕事」をしていれば給料が増えるのですから時間ではなく成果で評価となると当然困るわけです。

「本来の給料は安いけど、残業代でなんとか生活できているから残業減らされたら困る」という話を耳にしたことがある人は結構多いのではないでしょうか?

なのでこういったとりあえず努力する、長時間頑張るという風潮はまだまだ根強く残ることでしょう。そうなると私が経験したように後から振り返ってみて「あの努力や苦労は何だったのか、無駄だったのでは」と後悔する羽目になります。

思っている以上に何も考えていない人が多い

サラリーマンという立場から離れて結構時間が経ちましたが、つくづく思っている以上に何も考えていない人が多いなという感じがします。

ちょっと考えればブラック企業で成果が認められることよりも心身を壊すことのほうがはるかに損失が大きいことに気づきますし、毎月スマホ代に1万円以上支払うことに少しは違和感を持つはずです。

そしてどちらも解決策はあります。ブラック企業ならばさっさと辞めて転職すればいいですし、高額なスマホ代もちょっと勉強して格安スマホに変えれば安くなるという答えはもうすでに存在しているわけです。

結局のところ考えて行動することのめんどくささが勝ってしまうために、多くの人が何も考えずに無駄な努力や苦労を重ねているのではないでしょうか?

だらだらと思ったことを書いてきましたが、努力や苦労というのは後々楽をしたり利益を得たりするためにやるものだと思っているので、それを期待するなら少しは考えて努力や苦労をしないとだめじゃないの?ということが言いたかっただけです。

この努力の先にどういった楽や利益が得られるのか、どうすればそれが実現できるのか考えて努力したいものです。