当たり前のように募金やボランティアが集まる国はすごいことを自覚せよ

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今回の熊本地震において、募金やボランティアが集まりまくっている。

昨年の茨城の大水害にせよ広島の大雨にせよ、東日本大震災にせよ募金を募集すれば一人あたりの金額は少なくてもかなりの金額が集まるし、ボランティアも普通に被災地に行って活動しておられる。

これって普通にすごいことだと思うのだがなぜかマスコミもネット上でもそういった意見は見られない。

募金やボランティアを募って当たり前のように集まるという時点でかなりすごいことなのだという自覚を我々は持つべきではないだろうか。

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募金したりボランティアに行けるだけの余裕のある人たちが日本にはこんなにいる

普通に考えればわかることだが、募金にせよボランティアにせよ人を助けるだけの余裕があるからできることである。

それこそ明日食べる物にすら困る、あるいは今日寝るところすらないなんていう人があふれかえっている世の中だったら、たとえ数十円程度の募金であっても「自分がいっぱいいっぱいなのになぜ他人を助けにゃならんのか」という気持ちになってもなんらおかしくない。

ボランティアなんてもっとすごいことである。

あの人たちは現地までの交通費であったり、現地での飲食等や宿泊滞在費も全部自腹切って人助けに行っているのだ。

まったく頭が上がらない。

当たり前のように募金したり、現地まで費用全部持ちでボランティアに行く人がこんなにも多い国はそうないはずである。

この時点で日本はまだまだ豊かな国なんだなと思わされる。

親切さも兼ね備えているから募金やボランティアが集まる

さらにいえば募金するだけのお金の余裕があったり、現地まで費用はすべて自分持ちでボランティアに行けるだけの生活面の余裕があったとしてもそれで見ず知らずの他人を助けようという気持ちに持っていけるのがすごいではないか。

もちろん自分の友人知人が被災しているとか、あるいは被災地になんらかのゆかりのある人が支援するのは気持ち的にわからないでもない。

しかし、それらに当てはまらなくても見ず知らずの他人を金銭面あるいは労働面で支援しようという考えになることは決して当たり前の事ではない。

さっきも書いたが、国全体が貧しかったらこんなことはまず不可能である。

むしろ大災害が起きれば、治安面でも心理面でも被災地は相当荒れるだろう。

今回の熊本地震でも、避難して留守になった空き家に泥棒に入ってた人が逮捕されたがまだこの程度で済んでいるだけでもすごいことである。

募金を募れば大金が集まり、ボランティアが自腹切って被災地に集まり、他国と比べても治安が保たれているのは当たり前ではない。

この点をもっと日本人は自覚すべきだろう。そして誇りに思うべきである。

普段社会や他人を批判する記事ばかり書いているので、たまには人をほめる記事を書いてみた。

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