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情報や経験をなんでも無料で知ることが出来るのが当たり前なわけがない

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相変わらずnoteで有料記事を配信することの是非がツイッター界隈でにぎわっている。

昔あった有料メルマガが有料ブログに発展しただけなのになぜにここまで騒がれるのだろうか。メルマガよりもブログ記事の方が文字数が多いから有料メルマガを読むくらいならこっちの方がむしろ得だと思うのだが。

それにしても他人が持っている情報や経験をなんでも無料で得られるのが当たり前という理屈が嫌いである。

ネット社会なんだから情報は無料で当たり前だろ?という論理もわけがわからない。

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ネット社会であっても情報や経験を得るにはそれ相応のコストがかかっている

ネット社会だろうがそうでなかろうが、他人が得てきた情報や経験談をなんでも無料で知ることができるのが当たり前なわけがない。

いくらネット社会であっても情報や経験を得るのにはそれ相応のコストがかかっているからである。

よく弁護士などの専門家が相談料として30分5000円もらうことに関して「相談するだけで30分5000円ももらえるなんてボロい商売だな」という批判を聞く。

勘違いもはなはだしい。

相談者に対して伝える情報や知識を得るのにどれだけの時間とお金と労力がかかっていると思っているのか。

弁護士を例に出したが現代においては弁護士になろうと思えば法科大学院に行かざるを得ない。例外もあるがかなり厳しい道のりである。

弁護士になるためには勉強量もさることながらお金も時間も莫大に投資しなければならないのだ。

そうやって湯水のごとくお金や時間、さらには労力、プライベートなどもろもろ犠牲にして弁護士という仕事に就いているのだ。

それだけコストをかけて得た知識、経験、情報をなぜタダでもらえて当たり前だと考えるのか。

もちろんなかには相談料は無料です、お気軽に相談してくださいとうたっている専門家もいる。

それは単に善意なのである。間違えてもそれが当たり前なわけではない。

他人の持っている情報や知識を無料で得られるのが珍しいのである

日本人はなぜか情報や知識に対しての評価が過剰に低い。

当たり前のように人が湯水のごとく時間、お金、労力その他もろもろを投資して得てきた情報や経験、知識を聞けば何でも答えてくれると思っている。

もちろん聞かれる当人も人の役に立てるという点でうれしく思うだろうから、特にお金をもらったりすることもなく気軽に教えてくれたりする。

しかし、それはあくまでその人の善意に他ならないのだ。

たいてい商売においては商品を仕入れてそれに必要経費や利益を上乗せしてお客さんに売る。

その商品が他人の持っている情報や知識、経験談に代わっているだけである。

ならばなぜ他人の「商品」をなんでもタダで得られると思うのか。こう書けば見ず知らずの人間に相応の対価も払わないで情報や知識を得られて当たり前と思うことがいかにおかしいかわかるはずだ。

ネット上にあふれている無料で得られる情報や知識、経験談というのはあくまでその人の「善意」で提供されているものにすぎない。

いくら「善意」で提供されている数が多くてもそれが当たり前だと思ってはいけないのである。

ましてや無料で情報や知識を提供するのが当たり前だろうと情報提供者にクレームを入れるなどもってのほかだ。