若者が選挙に参加することに求められているのは意思表示することだけである。

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今朝、テレビで18歳選挙権について当事者のインタビューが放送されていた。

内容としては「政治の事全然知らない自分が選挙で投票して良いのかと思う」と言ったものだった。

私はそれを見て「いやいや選挙に参加することのメリットって政治的意思を正しく表明することとちゃうから」と思わずツッコミを入れてしまった。

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正しい政治選択をするのではなく意思表示する存在であることを示すことに意義があるのだ

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若者の選挙における投票率の低さが問題になって久しい。

なぜ投票に行かないのか理由を聞くと「政治に関心がない」「どこの政党や政治家に投票していいかわからない」といった意見が出てくる。

だがこの問題はどこか勘違いされている感が否めない。政治に関心がなかったり政治の事がよくわからないから投票に行かないというのはどう考えてもデメリットにしかならない。

この問題の焦点というのは若い人の意見が政治に取り入れられないことではなく、政治的意思を表明する集団として若者がマイノリティであるので政治が若者に向かないことである。

どういうことか。

国会議員だろうが地方議員だろうが欲しいのは自分への票である。

自分への票を取り込むためにはどうすればいいか。

簡単な話、一番選挙で投票してくれる年代層に向けた政策を実施すればいいのである。

仮にお年寄りが1000人選挙に行って投票するけど、20代30代は100人しか選挙に行って投票しないとしよう。

票の欲しい政治家はどちらに目を向けるか。

当然母数の多いお年寄りを政策等で振り向かせれば票は集まるのは目に見えている。

100人しかいない選挙に参加してくれる若者に政策等で目を向かせたところで、お年寄りがそれ以上に反対票や対抗馬に票を入れれば簡単にひっくり返ってしまう。

つまり選挙においてはいかに有権者が政治的に正しい選択を投票において意思表示するのかが大事なのではない。

選挙に参加することで政治的意思を示す個人として政治家に対して目を向ける存在であるということをアピールすることが大事なのである。

どんな選択をしようが、自分と同じ年代であったり、同じ環境で生きている集団の意思が大きくなれば政治家はその集団に目を向けざるを得ない。

逆に言えば、政治家からしてみればろくに選挙に行って政治的意思も示さない層に対して目を向けたり媚びたりする必要が全くないのである。だから若者よりも選挙における投票率の高いお年寄りに対してどこの政党も政治家も優遇する政策をとるのは当たり前なのだ。

18歳選挙権を実施して若者が選挙に参加する事に求められているのは、正しい政治選択をすることではなく選挙に参加して何かしらの政治的意思を示すことそのものなのだ。

だからとりあえず選挙に行って投票しさえすればいいのである。その集団の母数がマジョリティになれば否が応でも政治家や政党はその層に向けた優遇政策をせざるを得なくなるから。

そういうわけで年寄り優遇の政策ばっかりしていると嘆くなら、どこの政党や政治家に投票してもいいから選挙に行こうという話になる。

政治的意思を示す個人であるということを投票を通じて表明すること自体に意義があるのだ。