バス事故を通して移動手段の選択は他人に命を預ける行為であることを再認識した話

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痛ましいバス事故がまた起きてしまいましたね。2012年に格安ツアーバスが事故を起こして以降最悪の事故となりました。

<スキーバス転落>14人死亡、27人重軽傷 軽井沢R18

こうゆうバス事故が起こる度に、バス会社の勤怠管理がどうだの安全対策がどうの言われます。

実際ニュースを見る限りではバス運行会社は数日前に社員の健康診断を適切に行っていなかったり一部社員の出発前点呼を適切に行っていなかったとして行政処分が下ったばかりだったそうです。

つまりこの痛ましい事故は結局「起こるべくして起こった事故」なんですよ。まあその他あらゆる事故も突き詰めればすべてそうなんですけどね。

しかし、消費者がバス会社ばっかりを責めていいのでしょうか?

我々一般市民がそもそも安く旅行ができればそれに越したことはないと考えて、本来命を他人に預ける行為であるはずの移動手段をないがしろにしすぎているのではないかと私は考えるのです。

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移動手段を選択することは命を他人にどうやって預けるかを選択することに他ならない。

最近、深夜バスをはじめ高速バスが人気を博しています。

夜移動するという需要はかつてはJRの寝台特急が担っていましたが、乗客の減少や運行コストがかかることからどんどん廃止されてきました。

それに代わって夜移動する手段として高速バスが台頭してきたのです。

夜のうちに移動して朝から現地で旅行を楽しむというのは大変合理的である上に、鉄道に比べると移動コストはかなり安いのでここまで深夜高速バスは人気を博しているのです。

しかし、私自身鉄道会社に勤めていたので言えますがバスというのは鉄道に比べて万が一の時の安全装置がないに等しいのです。

2012年のツアーバス事故以降は、深夜高速バスにおいてドライバーが2人交代で運転するようになったり乗客にもシートベルトを装着するように促すなど安全対策は少しは進んできました。

しかし、たとえ2人交代で運行するにしても結局バスを運転するのは運転手一人なのです。

万が一、運転手が突然意識を失ったり急病になって運転不可能になってもバスの安全装置は全くありません。

つまりバスはあまりにも運転手の技量に頼り過ぎている部分があり、運転手になにかあった時には乗客もろとも事故に巻き込まれるリスクがあるのです。

これが鉄道の場合は運転士に万が一のことがあっても速度超過していればATS(自動列車停止装置)が作動しますし、運転士が意識不明になったり不用意に運転台から離席した場合列車の暴走を防ぐために自動的に列車を止めるデッドマン装置が備わっています。

鉄道の場合は運転士に万が一のことがあっても列車を止めて安全を確保することが出来るように様々な安全対策が施されているのです。

しかし、バスにはそれがありません。

鉄道のように専用軌道を走るわけではなく、道路状況にも左右されるのでどうしても安全運行できるかどうかはバス運転士の技量に頼る部分が大きいのです。

どうして深夜高速バスを使えば鉄道よりも格安で移動できるのか考えたとき、鉄道に比べると運転士の技量に頼る部分が大きくて事故に遭うリスクが高い分、安いということも言えるのです。

つまり、極論を言えば安い深夜高速バスを使って移動するというのは命を失うリスクと引き換えにしていると言えるのです。

今回のバス事故ではもちろんバス運行会社あるいはツアーを企画した会社に、死亡事故を起こしてしまってもおかしくないレベルの過失があったことは明らかです。

しかし、そもそも移動手段にバスを使うという行為自体が実は安い料金で事故に遭うリスクと引き換えになっているということはあまり言われてこなかったのではないでしょうか。

今回のような痛ましい事故をなくすためには当事者であるバス会社が対策するのはもちろんのこと、それを使おうとする消費者も移動手段の選択というのは命を他人に預ける方法の選択であるということをしっかりと考える必要があります。

「移動手段の選択は命を他人に預ける方法の選択である」と考えれば安易に、安い移動手段を求めることはなくなるでしょう。

今回のバス事故を通じて、移動コストを過剰に削減しようとすることは結果として自分の命を危険にさらす行為であるということを考えてみてはどうでしょうか。