ご飯を残してはいけないという至極当たり前の価値観が共有できてうれしい件

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今朝、この記事を読みました。今回は長いですよ~。

参考記事:糖質制限」とか言ってるおっさんたち、外食で「白米だけ残す」なんてありえないでしょ。大人として。

ええ年したおっさんが外食でご飯を残すなっていう話です。ええ、大いに同意いたします。

米を主食として日本に生きる人間として至極当たり前な価値観ですら、イケダさんのような影響力のある人が訴えないといけないというのはホント日本ヤバいんじゃないかと思ってしまいます。

それと同時にご飯を当たり前に残す人間がたくさんいて、ご飯を残してはいけないという価値観はもう古い物なのかなと思っていた私にとって、同年代の人がそうやって訴えてくれることはかなりうれしいですね。

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あなた普通にその食べ物を食べることができますよね?

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私が小中学校くらいの時はご飯を残すなというのは当たり前のように先生も親もみんな言っていたような気がします。

昼休みになっても給食を食べ終えていない同級生は、完食するまで残されている光景はよく目にしました。

それが近年食物アレルギーを持つ人が増えてきたせいか、ご飯を残しても別にいいんだよっていう価値観が出てきたように思います。

イケダさんも書かれてますけど私もさすがに宗教的理由だったり、食物アレルギーで食べたら死ぬレベルだったら致し方ないとは思います。

いやー、だめでしょw ダイエット中だからといって、外食でご飯残すとかありえない。普通にダメ。アレルギーがあるとか宗教的な理由ならわかりますが、残すんだったら最初から注文するなよ、と。

でも、そうでない人がご飯を残しまくっているという現状があるわけです。ダイエットというエゴ丸出しの理由で。

イケダさんはブログ記事を見て憤っておられますが私は最近、目の前でご飯を堂々と残すという行為を見せつけられて大変嫌な思いをした経験があります。

もはや犯罪レベルの食べ残し

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先日、久しぶりに大阪に出向いたついでに餃子の王将でお昼を食べたんです。

私は餃子の王将が大好きなのですが、私の住む地域には餃子の王将がありませんので楽しみにしながら行ったんです。

そんで私の隣に座ったおじさんがセットを注文するときに「ご飯大盛りで」と注文したんですね。これ自体はよくある光景です。問題はこの後なんです。

私もセットを頼んでうまいうまいと思いながら当然すべて完食したのですが、なんと隣のおじさん思いっきりご飯を残したんです。セットでわざわざご飯大盛りを頼んでおいてですよ。

大盛りと頼んだご飯は、うわべだけ少し食べただけでまだ茶碗の8割くらい残っているんですよ。

それだけじゃなくてセットの餃子も6個中2個だけしか食べてなかったですし、ラーメンもかなり麺や具がだいぶ残っている状態だったんです。

ほとんど箸をつけていない状態でした。

隣で見ていて「え~まじか」と思いました。ご飯大盛り頼んでおいてセットの殆ど残してるやんって。

別に急いでいる風でもありませんでしたし、食べていて途中で気分が悪くなったとかでもありませんでした。

その時はほんと唖然とすると同時に憤りも感じましたね。ええ年したおじさんがご飯大盛りを頼んでおいてセットの大半を残すなんてもはや犯罪じゃないの?って思いました。

中国人店員がセットを片付けるとき、何とも言えない悲しい顔をしていたのが忘れられません。日本人は平気で食べ物を残す民族だっていう印象を与えちゃっているわけですよ。

写真を撮っておいてブログやツイッターでさらしときゃよかったですね。ホントひどかったです。

店員さんに「隣の人が残した分、私が食べていいですか?」って言葉を何度言いそうになったことか。結局しなかったのでせっかくの王将ランチの後なのに、なぜか自分が罪悪感にさいなまれました。

平気で食べ物を残しておいて命は大切なんて子供に言えるの?

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記事でも書いておられますが、食べ物を残してはいけないということを当然のように思っている人は目の前で食べ物を残されるとかなり不快な思いをします。

面白いのは、この感覚って、かなり個人差がありそうなんですよね。ぼくと妻は幸いにして、「食事を残すのはありえない」という倫理観を高い次元で共有しています。

地方移住するような人は得てしてご飯を残さないので、その点、一緒に時間を過ごしていて気持ちいいですね。みなさん、ご飯は残さないように。

命をいただいているという感覚がゼロなんでしょうね。私の実家は農家で小学生のころから米作りを手伝っていたので食べ物を残すという感覚がホント信じられないです。

こうゆうご飯を残す人って、おそらく米がどのようにして育っていくかまともに見たことないんでしょうね。

田植えしたときには水面からようやく顔を出せるかどうかくらいの苗が、たった4か月程度で幼稚園児が余裕で隠れるくらいまで成長するプロセスとかね。

そういうの見るとすごい生命力を感じますし、その命をいただいているんだなという感覚は自然と出てくるはずなんですけどねえ。

食べ物を粗末にするということは命を粗末にするということなんですよ。平気でダイエットのためとかいってご飯を残す人間はその視点が完全に抜けています。

平気でご飯を残しておいて子供に命は大事だから大切にとか、自殺は親不孝な行為だとかどんんな顔して言えるんでしょうか。

それて見え透いた嘘だとわかるから昨今子供がいじめを苦にしてすぐに自殺したり、就活がうまくいかないくらいで電車に飛び込んだりするんですよ。

自分たちが散々命を粗末にしておきながら、命は大切なんてお題目のように唱えたってなんの意味もありませんよ。

その点イケダさんは神奈川県というド田舎奈良県民から見たら大都会じゃねえか!っていうところで生まれ育っているにもかかわらず食べ物は残してはいけないっていう感覚をきちんと持っておられるのは素晴らしいですね。

食べ物を平気で残す人には食べ物を作らせるべきだ。

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食べ物をダイエットという究極のエゴのもとに平気で残す人は、農村で1年間強制労働させたらええと思いますね。もちろんタダ働きで。割と本気でそう思ってます。

今までに残してきた食べ物を作る費用や、残した食べ物を処分するコストを考えたら当然の話です。

自分で米の一つも作ればさすがに残さなくなるでしょう。そんで自分が作った米を目の前で平気で残されたらかなりブチ切れるでしょうね。

子供だってどれだけ嫌いな野菜でも自分で一から作ったら食べるようになるっていいますしね。

自分で食べ物を作らせるって名案やと思うんやけどな~。誰かやってくれませんかね?

そういうわけで食べ物を残すことは命を粗末にする大罪だから一刻も早くやめろって話でした。