会議することが目的になってどうすんの?話し合うことがあるから会議するんでしょ?

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私は個人事業主として開業して自分の仕事をしつつ、ちょくちょく友人の介護施設で仕事させてもらってまして、そこでは会議が定期的に開かれるわけです。

そんで、先日も会議があったのですが会議で話し合うネタは何か事前に友人に聞くとなんと「特にないから困ってる」というのです。

話し合うことがないんだったら会議なんて辞めたらええやんと私が友人に言うと「いやそうもいかへんやん」と言うではありませんか。

結局会議は開かれまして、それなりに話し合うネタも出てきたのですが私は終始違和感を感じていました。

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時間とお金を無駄にしている感覚がないことが大問題

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話し合うネタがないんなら会議なんてなくていいだろと私は思ったのです。会議の時間中もお給料が発生しますし、何より他人の時間も使うのですから。

だってそうでしょう?話し合いたい、議論したいネタがあるから会議を開くのであって会議を開くから何を話し合おうは順序が逆です。

つくづくアホかと思ったんですが、こういう無駄な会議や習慣って実はたくさんあるんでしょうね。

目的と手段が逆転してるっていうやつが。

それで時間とお金を湯水のごとく無駄遣いするっていうね。

時間もお金も無駄遣いしてはいけないものだという意識がないから、今回は話し合うネタがないから会議は辞めとこかとならないわけです。

もっと自分の頭で考えろよ

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こういう時間とお金の無駄遣いに鈍感、ないしは目的と手段が逆転しちゃってる人って自分の頭で考えるということをしないんですよね。

まさに思考停止。

誰が言ったかわからない固定観念に縛られて自分の頭で是非を考えることをしなくなっているのです。

まあ、それだったら楽なんですけどね。ただ、時間とお金を無駄遣いしてますよね。

そんでもっと迷惑なのがその思考停止によって実は人に迷惑をかけているっていう感覚がないんですよね。

自分のお金や時間を無駄に消費するのは勝手ですが、他人のお金や時間も無駄に使っているのです。

それを考えると自分の頭でモノを考えられないというのは、迷惑行為ですらあるということなんですよ。

この会議の問題点である目的と手段が逆転していることは結局「話し合うネタがないなら会議なんて時間とお金の無駄」さらには「話し合うネタがなかったら会議なんてなくていいんじゃない?」ということを考えられず思考停止しているから生まれているのです。

今現在もそうですけど、これからの時代ますます既成概念がつぶれて自分の頭で考えて行動することが求められます。

そういった前に進もうとする人の邪魔をしているのだ、迷惑をかけているのだという考えを今現在既成概念に縛られて思考停止している人に言いたいですね。