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英語も大事だけどコミュニケーションの仕方そのものを教えるべきではないか

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東京都立立川国際中等教育学校が公立校としては全国初となる「小中高一貫校」にするそうです。

参考記事:東京都が小中高一貫校を新設 公立で全国初、英語に力

なんでも小学校から高校までの12年間英語教育に力を入れていくことで、国際的に活躍できる人材育成を目指すそうです。

しかし、高校時代毎日リーディングの授業があるくらいみっちり英語を勉強した身としては言葉が話せるイコール他者とちゃんとコミュニケーションが取れると思っているあたり現実を見ていないなと思うのです。

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言葉を話せても他者とまともにコミュニケーションが取れなければ意味がない

日本の英語教育は話せるようになることを目指しているわけではない受験英語だから何年勉強したって意味ないという話はここでは置いておきます。

私が言いたいのはたとえ言葉が話せても、それと他者とコミュニケーションがちゃんととれるかどうかは全くの別問題だよということなんです。

だって同じ日本人同士でなおかつ同じ言語である日本語が話せても他者とのコミュニケーションに悩む人っていっぱいいるじゃないですか。

ツイッターで「コミュ障(コミュニケーション障害)」で検索すれば出てくる出てくる。ちなみに知らない方のために書いておきますが、そういった名称の医学的な病気は存在しませんよ。

同じ日本に住んで同じ日本語という言葉を使えるにもかかわらず、他者とうまくコミュニケーションが取れないあるいは取れないと思っている人がこんなにもいるのです。

これを見れば英語を話せるようになることと、英語圏の人とうまくコミュニケーションを取ることが出来ることは全然つながらないというのがよくわかりますよね。

今必要なのは言葉そのものの勉強よりも他者とのコミュニケーションの方法を学ばせることではないでしょうか。

皆さんご存知のように、日本は「察する」文化ですが外国は「アピールしてなんぼ」の文化なので、その時点でコミュニケーションにずれが生じてしまいます。

そうでなくても英語の授業で、ALTの先生と会話するときに恥ずかしそうに小声でボソボソと英語を話す光景というのは誰しもが経験あるはずです。

返事自体は合っていて何も間違っていないにもかかわらずですよ。

これこそまさに言葉が話せても他者とうまくコミュニケーションが取れることにはならないことの典型例ではないですか。

私自身、駅員をしていた時に外国人観光客に対して案内する機会がたくさんありましたがいくつかの英語の例文を覚えてあとは知っている単語を適当につなげるだけで十分コミュニケーションがとれましたよ。

言葉がどうこう以前に他者と物怖じせずに自信を持ってコミュニケーションできる能力が実は一番大事なのです。言葉はあくまで手段の一つでしかないので。

その国の言葉が話せれば、他者とコミュニケーションが取れると考えるのは早計過ぎるのです。

そういうわけで英語も大事だけど、本当に国際的に活躍する人材を育てたかったら他者とのコミュニケーション能力を育てる方がよっぽど有益ではないのかという話でした。