スポンサーリンク

人生80年の時代に30代までに生き方決めないとやばいって考えはなんなの?

Pocket

前々から疑問に思っていたことがありまして。

日本は長寿大国と言われて久しいですよね。

男性も女性も平均寿命は80歳を超えています。

これはまだまだ伸びていますから、私なんかが60歳になるころにはまだ平均寿命は伸びているのでしょう。日本や地球が今の状態で存在していればの話ですが。

日本人の人生は長いのです。10年ですらめちゃ長く感じるのですから。

それなのに日本社会においては20代30代で自分の一生やっていく仕事であったり、一生連れ添うパートナーを決めないといけないという考え方が当然のように存在しています。

おかしくないですか?

別に20代30代で人生の大部分を占める仕事であったり、あるいは一生連れ添うパートナーを見つけることが出来たらそれに越したことはありません。それはそれで大変幸福なことですから。

しかし、それが出来なかったからと言って人生終わりというような風潮はいかがかと思うのです。

20代30代で一生付き合う仕事やパートナーを決めることが出来なかったらまだ半分以上のこっている人生はもはや無駄なのでしょうか。

逆に20代30代で仕事やパートナーを決めたら一生変えることなく死ぬまで同じでないといけないのでしょうか。

それってせっかく長生きしても事実上、20代30代で人生終わったようなもんですよね。

だって若いうちに決めた仕事やパートナーを変えることなく生きていくのであればその決まった時点で死のうが80歳まで惰性で生きようが変わらないでしょう。

それに前にも記事にしたと思いますが、おじさんおばさんなんかが現在のことを語らないで昔の思い出話ばかりしているのって実質死んでいるのと同じなんですよ。

現在をどう充実させて幸せに生きるかを考えないで、過去の話をしているのですから。お葬式であの人はこんな人だったよねと亡くなった人について語り合うのと何が違うというのでしょうか。

人生80年とか、健康で長生きは素晴らしいともてはやす一方で、20代30代で仕事やパートナー、その他もろもろを決めないとだめだという考え方が大嫌いです。

そういった他人を型にはめる窮屈な考え方がちょっと仕事で行き詰まったり、あるいはパートナーが決まらなかったりしている人を不必要に追い詰めていることに世間は気づかないといけません。

ここで書くまでもありませんが年齢を重ねてから仕事や生き方を決める人はたくさんいます。

伊能忠敬は55歳から日本地図づくりに動き出しましたし、ケンタッキー・フライド・チキンの創業者のカーネル・サンダースなんてカフェを始める39歳まで40種以上の職を転々としていたのです。

長生きを奨励するのであれば、20代30代で人生の大半を決めないといけないという考え方はさっさとなくすべきでしょう。40代で仕事やパートナーを決めたってまだ半分時間は残っているのですから。

大体20代30代で人生の大イベントを一通り終えて、それから惰性で80歳まで生きて何が楽しいのですか。

私は出来ることなら100歳越えをしてみたい人間の一人ですが、惰性で生きることなく一生変化して生きていきたいものですね。