赤い羽根という名の募金しろという同調圧力がうっとうしい

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今朝、NHKのニュースを見ていたらキャスターが2人共赤い羽根を付けていたのを見ました。

天気予報のお姉さんも付けていたのにはビビりました。公共放送で赤い羽根に募金したことをあからさまに示すなよと朝早くから思ったものです。

私は赤い羽根共同募金は赤い羽根を配ることで同調圧力で募金を実質強制していると考えています。

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募金したことを堂々と示すことに恥ずかしさはないのか

最初に書いておきますが、私は募金という行為そのものは全く否定しません。

むしろそれが出来る余裕のある人はどんどんやってほしいとすら思っています。

ただ、赤い羽根共同募金のように募金した見返りに赤い羽根をもらってそれを服につけることで自分は募金したんだと堂々と示すことに違和感を覚えるのです。

募金て本来は善意でするものですよね。

なぜに募金したことを自慢しているのでしょうか。

それも赤い羽根という目立つもので誇示して。

募金してもらうのに見返り与えてどうすんねんと思うわけです。さらにいえば募金したことをあからさまに誇示してどうすんねんと。

こんなことしてるのって赤い羽根共同募金くらいでしょう。

ちなみに、お金持ちは募金や寄付することで税金の控除という見返りを受け取っているという指摘もあるでしょうが、それは募金したことを自慢したり誇示しているわけではないので問題ではありません。

赤い羽根をつけさせることで募金してない人間をあぶりだしている

毎年、決まった時期に赤い羽根を差し上げますので募金してください、それを服の上に着けることで他の人に同じように募金して赤い羽根を付けるよう同調圧力をかけてくださいという意図がミエミエだから腹が立つのです。

これが慈善団体のやることでしょうか。募金するのに赤い羽根など渡さなくて結構です。

募金するかしないかなんて、あくまで自由意思ですよ。

みんなが赤い羽根を服に着けて街を歩いてる、赤い羽根つけてないと募金してないケチな人だと思われると赤い羽根共同募金に募金が集まるわけです。

そこに自由意思はあるでしょうか、ありませんよね。

赤い羽根共同募金は同調圧力で募金を集めているのです。

赤い羽根を服に着けるのだっておしゃれかどうかっていったらそうでもないでしょう。

毎年毎年、ようやるわと思います。こんなことしてるのって日本だけじゃないですか?そもそも外国では皆に合わせて募金という考えはないでしょうし。

そもそもあの配られている赤い羽根って実際何からできてるのかすら知らないでしょ。

何から作られてるか分からんものをよく服の上につけてうろつけるなと思いますね。

もう一度言いますが、募金することそのものは一切否定しません。

募金の見返りに赤い羽根を受け取ってそれを服の上に着けることで募金したことを誇示したり、逆に募金していない人と赤い羽根を付けていない人を外部に示させるやり方が嫌いなのです。

名前にだけ赤い羽根と残して赤い羽根配らなくなったらどうなるんでしょうね。募金額がびっくりするくらい減ったらその程度の民度であるということですし、ほとんど減らなかったらそれはそれで日本人の民度の高さがわかりますね。

いっぺんやってみたらどうでしょうか、赤い羽根共同募金さん。