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話し合いを長くしたって無駄ですよ

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安保法案が国会で大揉めになりながらも可決されましたね。

安保法案の是非とか反対派のやっていることについては他の方が書かれるでしょうからここでは書きません。

ただ、野党議員やマスコミ、一般人(マスコミがインタビューしている人)が口をそろえて「十分な審議が尽くされていない」「もっと十分話し合わないといけない」という言葉にはかなりの違和感があるのです。

私はこの考えに懐疑的でして、長時間話し合いしたって良い結論なんか出るとは考えられないのです。

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長時間話し合いをして良い結論が出たことあるのか

企業における不合理な例として「会議」がよく挙げられます。

意味のない会議が多い、時間ばかり浪費してろくな結論が出ないなどなど。

私も「この会議って意味あるの?」っていう場面に散々遭遇してきました。

逆に30分とか1時間とかきっちり時間を決めたり、それより短い時間で話し合いの機会を持った時は、柔道で技が決まるがごとくするりと良い結論が出た経験があります。

だらだらと長い時間かけて話し合いをして、良い結論を出した例があるのでしょうか。

話し合いを尽くせば相手に理解してもらえ、良い結論が出るという幻想

いくら時間を尽くしたって理解してくれない人間は一定数います。

考え方の根本が違えばそんなこと珍しくありません。

この辺の事はあの養老先生がベストセラーである「バカの壁」で書かれていることです。

相手がはなっから話し合っている内容に対して同意するつもりがないと決めていても、長時間話し合えば理解しあえるのでしょうか。

ええ年した大人が「審議がつくされてない」だの「国民の理解が得られてない」だの真顔で言っているので見ていて大変滑稽です。

ちなみに「国民の理解」がどうこう言っている国会議員の皆さん、大多数の国民は受け身なので自分から進んで情報を仕入れて政府のやることに理解なんてしようとしませんからね。

全ての会議や話し合いが無意味であるとまではいいませんし、そういう機会をもうけることも時に必要でしょう。

しかし、決まった時間話し合いを尽くしても相手の同意を得られなかったり、良い結論が出なければそれ以上長時間かけて話し合いをしても無駄というものです。

長時間、会議や話し合いをすれば相手の理解が得られるとか良い結論が出るという話し合い至上主義はいい加減やめませんか。

このブログを書く際にバカの壁を改めて読みましたが、今読んでもかなり面白いです。読んだことない人は中古でも安く買えるので読んでみて下さい。