東日本豪雨災害に見る災害支援のありがたみのなくなりっぷり

Pocket

東日本の豪雨災害はテレビで見ていてもかなり衝撃的なものでした。

それでも、東日本大震災や広島の豪雨災害を教訓にして防災対策が進んだことや災害支援体制の整備が早くできるようになったことは、不幸中の幸いでしょう。

発展途上国であれだけの水害が起きたら、今よりはるかに甚大な被害となっていることは簡単に想像できます。

しかし、テレビで災害支援をしている映像を見ていて大変疑問に思ったことがあります。

スポンサーリンク




 なんで災害支援があるのが当たり前になってんの?

それはとある避難所で食料を配給しているところでの取材映像でした。

子連れの主婦がパンやリンゴなどの支援物資をもらっていたのですが、テレビのインタビューに対して支援物資が整っていることに対する感謝の言葉ではなく「米がないのが残念」などと言ったのです。

え、そこは災害支援物資が届いていることに対して感謝の言葉を言わなあかんのちゃうの?と思ったのです。

あれだけの甚大な豪雨災害であっても、被災した人が食べ物に困って飢えることなく生き延びられるのって普段からの食糧の備蓄があったり、あるいは全国からの支援が届くからでしょう。

大きな災害に遭遇してイラついているのもわかりますし、自分がもしそんな状況になったらそれこそ自分のことで精いっぱいになるでしょう。

しかし、それであっても災害支援はすなわち善意のかたまりなのです。

それに対する感謝の念ないし言葉があってしかるべきでしょう。

災害支援物資とはいえタダではないのです。

この中継の映像を見て私は大変悲しく思うと同時に怒りすら覚えましたね。

あまりにも日本人は災害慣れしすぎて支援があることが当たり前になっているのでしょう。

もちろん、まだまだ災害に遭遇したときの支援の方法はいろいろ考えていかないといけないでしょう。

それでも何か災害に遭遇したときに、それに対してこれほど迅速にかつ手厚い支援がある国なんて日本くらいでしょうし、それが当たり前だと間違えても感じてはならないのです。

大規模災害の被害にあってどれだけイラついていても、きちんと支援に対しては感謝の念を持つことを忘れてはいけないと思うんですが。