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私の職歴シリーズ~超絶ブラック生命保険代理店編~

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約4か月の無職期間(途中からバイトしてるけど)を乗り越え、なんとか生命保険代理店から内定を得ました。

入社してからは保険の仕組みや保険商品、営業のロールプレイングなどの研修を受けました。なかなか大変でしたが、一方で知らないことばかりだったので面白かったのを覚えています。

その後、現場配属となり私は従業員数8人のグループ内企業に配属されました。

こうして保険営業マンとして無職から再スタートを切ったのです。

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今考えるとよく過労死しなかったなと思うような労働環境

しかし、現実はかなり厳しいものでした。

団地や住宅へ出向いて毎日200件程度は訪問していました。それだけ訪問しても話を聞いてくれる人が2,3人いればかなり良い方で、話を聞いてくれる人がゼロの日も珍しくありませんでした。

単に断られるくらいならまだましな方で、呼び鈴を鳴らしてドアが開くなりおっさんが「殺してやるう~!!」と言いながら木製バットで追っかけてきたり、団地を出るなり直前に訪問した上の階の住人から頭上に唾を吐かれた上に火のついたタバコを落とされたりしたこともあります。

何もしていないのに警察の車両に連れて行かれて(エルグランドだった)おまわりさんに両脇を挟まれながら事情聴取を受けたり、やっとの思いで次回訪問のアポを取ったのにドタキャンやバックれられたりと散々な目にあいました。

そんな中でも保険契約を取るために日々休むこともなく200件以上、個人宅を回っていたのです。新聞屋もそうですがホントよくやってたなと思います。

営業スタイルとしては先輩社員と2人一組で私が初回訪問からアポ取りまでをやり、先輩社員が契約に持ち込むというものでした。

この営業スタイルで3か月ほどで10数軒程度契約が取れました。

その後飛び込み営業に慣れてきて、1件完全自力で契約を取った時はホントにうれしかったです。

しかし、そんな保険営業マン生活は長くは続きませんでした。

入社して2か月が経過するころに社長から、給料について試用期間終了後は固定給をなくして完全歩合制にする旨を伝えられたのです。

求人要項にも雇用契約書にも固定給があることが明記されていたにもかかわらずです。

私はだまされたと思いました。

そうでなくても正社員とはいえ待遇は大卒初任給以下の給料で、当然ボーナスも退職金もなし。

休みも基本週一で朝9時から23時の終電まで残業代もなく働いていたのです。

先輩社員の中には過労で1年で3回も入院している人もいたくらいです。特に持病があるわけでもない30代前半の大人の男性が1年で3回も入院なんてまずありえないでしょう。

そんな中で固定給がなくなるなんて話をされたものですからたまりません。

しかも私は基本的に21時台に退社していたのですが、それが先輩社員や社長が気に食わなかったらしく私にもっと会社に残って仕事するように圧力をかけてきたのです。

21時に退社しても一日12時間労働なのですが、仕事を終えて報告や営業のロールプレイングも一通りやってやることがないから帰宅しているだけなのにそれでも労働時間短いってどういう神経してるのでしょうか。

「目標をはっきり持って仕事してたら過労死したりせんから。」と社長が言ったときはホント社員の健康や安全を全く考えないクソ企業だなと思いましたね。

体の悲鳴を本当に聞いた気がした

その事実を知ってから数日たったある日。事件は起きました。

朝起きようとすると全く起き上がれないのです。頭は起きているし、仕事に行かなければと思うのですが体が全く言うことを聞かないのです。

何かに体を押さえつけられているかのような感覚でした。

それまで生きてきて一度も金縛りにあったこともなかったのでかなりあせりました。

もしかして、あの時は体がすでに過酷な労働環境に悲鳴を上げていてストップをかけていたのかもしれません。なんとか携帯を手にとって会社に体調不良で休む旨を伝えた途端に何事もなかったかのように起き上がれましたから。

その後、一度も出社することなく私は3か月で生命保険代理店を退職したのです。

こうして再び私は無職となりました。まあ、あれ以上続けていても目覚ましい結果が出たかと言えばそんなことはないでしょうし、確実に過労死してたでしょう。

こうして私のサラリーマン生活は終わりました。

私の職歴シリーズはここで終了です。読んでいただいている方がいらっしゃったのかどうかわかりませんが、我ながらかなりハードなサラリーマン生活を遺書代わりに振り返って書いてみました。

また思い出したり書きたいことがあったらその都度書き足していきます。

ご意見やご感想あればぜひともお寄せください。