公務員は嫌いなのに身内にはなってもらいたいという矛盾

スポンサーリンク





日本人は公務員が嫌いである。

まあ、別に日本に限らず外国でもそうなのだろうが公務員が嫌いという感情にはろくに仕事しないくせに税金で給料もらっておいしい思いをして生活しているというやっかみや、民間人を見下しているといった感情が多分に含まれている。

しかし、これがいざ身内になると話が違ってくる。公務員と聞くと顔をしかめる人でも自分の子供やその他身内が公務員ないしは役人を目指すといったら目の色変えて応援することだろう。

本来なら公務員なんてろくに仕事もしない税金でおいしい思いをしている「悪の化身」と思っているのだから自分の子供がなろうとしていたら、それこそ全力で止めにかかってもおかしくないのに。

なぜこういった矛盾が生じるのだろう。

スポンサーリンク

よそへ利益を持っていくのは許せない。自分に利益を持ってきてほしい。

私が思うに以下の結論に達する。一つ目には他人が美味しい思いをするのは許せないが自分は美味しい思いをしたいということ。二つ目には生まれ育った地方でまともに食べていくにはそれしかないという問題である。

前段に関しては政治家の問題にもつながる。よその地方出身の政治家が何か不祥事をやらかしたらたたく癖に自分の選挙区選出の政治家が同じことをやらかしてもなぜか寛容にすませようとする。

政治家に関しては結局自分の住んでいる地域にいかに国から利益を持ってくるかということしか関心がないので、そうならざるを得ない。国家を動かす人間を選出しなければならないのに、自分の住む地方にいかに利益を持ってきてもらえる人間を輩出するかが有権者の大部分の関心になるのだから、かなり矛盾しているが。

ここで言えるのはよその公務員が美味しい思いをしていることが許せないのは、それが自分の利益につながらないからであるということ。だから自分の子供や身内には公務員になってもらって利益をたんまり持ってきてほしいのである。

スポンサードリンク

「社会人なら保険の相談は当たり前です。家計の見直しは食費ではなくまず保険から。」
20150407追加

そもそも地方には公務員以外まともな仕事がない。

隣の芝生は青く見えるということわざがあるように他人がどういった職業についているのかというのは田舎は特に関心がある。それこそ隣近所どころか地域一帯にすんでいる人がどういう職業についているかとかどこの学校に行っているとか、自家用車まで関心を持って把握しているのが普通である。

そういったところで例えば役場勤めとなると人々は羨望のまなざしを向ける。なぜか。よっぽどのことをしない限りクビにはならないし、なにより毎月安定した収入を確保できるからだ。

地方出身者なら地方ではそれこそ公務員以外はまともな仕事がないなんていうところはたくさんあるということに大変共感していただけるはずである。私自身、山奥の田舎育ちなので地方において公務員やそれと似たような職種、例えば郵便局とか公共交通機関の職員とか農協職員とかそういった職につくことは田舎の「勝ち組」に等しい扱いを受ける。

それくらい地方には仕事がないし、あっても生活保護受けたほうがよっぽどましというレベルである。

最近政府は地方創生などというキャッチフレーズで官主導でやろうとしているが、ただでさえ地方では公務員が幅を利かせているのに、さらに公務員に仕事を任せてどうするのか。

このままいけば地方には公務員以外の仕事についている人が一人もいなくなる。公務員しかいない村だってできてもなんらおかしくない。

しかし、田舎育ちの私から言わせてもらえば地方が衰退していくのは地方に責任があるのである。田舎はとかく保守的である。私の住む奈良など特にそうで同じ古都の京都とは格差が広がる一方である。

よそ者を受け入れない、新しいことにチャレンジしようとしないでは人が出て行って寂れるのは当たり前である。

私は地方が一律に復活する必要はないと考えている。危機感を持っている「まともな」地方はそれなりによそから人を受け入れたり、新しいことにチャレンジしたりしているからだ。それがなければ衰退して人がいなくなっても別にいい。日本の隅々に人が住んでいないとだめだということなどないはずである。

スポンサードリンク

「社会人なら保険の相談は当たり前です。家計の見直しは食費ではなくまず保険から。」

スポンサーリンク
格安スマホの相談に乗ります。